但馬軽便鉄道
但馬軽便鉄道は、日高町江原駅から村岡を目指した鉄道で、会社は大正8年に設立、大正15年に倒産するまで、用地買収と軌道基礎工事が行われた。「歴史探訪の記録」には、伊府付近の軌道基礎跡の写真が掲載されていることから、この位置の推定を行った。
地図の1地点は、伊府の交差点にあるパレット工場の片隅であるが、工場の敷地が田んぼに食い込んだかたちになっていて大変異様である。
矢印の部分がひょっとすると鉄道敷かもしれないと思い、これを基準として付近を調査したところ、
この写真の地点2を発見。これが「歴史探訪の記録」に掲載されている写真の位置のようである。場所は、植村直己記念スポーツ公園の野球場のすぐ近くだ。このあと標高83.1mの電子基準点の辺りを通って、広葉樹マークのあたりの墓地に達する。この墓地が、「日高町史」で買収に難航したとされるところであろう。
確信の持てるものではないが、この2点に関しては、ぴったりと向きが合うのでほぼ間違いないのではないかと思う。
参考文献
静修校区「歴史探訪の記録」編集委員会, 1995. 歴史探訪の記録.
日高町史編集専門委員会議, 1983. 日高町史(下). 日高町教育委員会.
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