播電鉄道 觜崎橋橋台


廃止鉄道お約束の橋台である。用語について述べておくと当初このブログで用いていた「新宮電気鉄道」というのは昔の5万1地形図には記載があるものの一般には「新宮軽便鉄道」と呼ばれていたようだ。のちに網干―龍野町間を合わせて「播電鉄道」となり、現在、この鉄道は「播電鉄道」と呼ばれることが多いようだ。そこで、このブログでも「播電鉄道」の呼称を使うことにする。
さてさて、橋台は現在の県道觜崎橋の下にある。つまり覆いの下にあるため大変きれいに残っている。
2枚目の写真が新宮側できっちりとした間知の練り石積である。美しい。橋の下とはいえ古さをまったく感じない。ほんとうに明治のものかと思うほどだが、良く紹介されている遺構なのでそうなのだろう。
1枚目の写真が龍野側である。こちらのほうが少し雑な感じであるが、傷みが激しいのかも。
それにしても、河川改修とか繰り返されてきただろうに、よくぞ残ったと感心。
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