携帯で読む本
携帯向け電子出版はパピレスを愛用しているが、ここのジュール・ヴェルヌ本もすべて読んでしまったので、どうしようかと思ったら、青空文庫(著作権切れの著作を電子化するインターネット上の草の根活動)が携帯向けになってパピレスに置いてあることを知った。もちろん無料である。
そこで海野十三という人の1940年代前半ごろのSFを立て続けに3冊ほど読んだ。文体といい設定といいツボを刺激する。とりあえず、このあたりをがんがん楽しませてもらおうと思う。青空文庫の活動に感謝。
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携帯向け電子出版はパピレスを愛用しているが、ここのジュール・ヴェルヌ本もすべて読んでしまったので、どうしようかと思ったら、青空文庫(著作権切れの著作を電子化するインターネット上の草の根活動)が携帯向けになってパピレスに置いてあることを知った。もちろん無料である。
そこで海野十三という人の1940年代前半ごろのSFを立て続けに3冊ほど読んだ。文体といい設定といいツボを刺激する。とりあえず、このあたりをがんがん楽しませてもらおうと思う。青空文庫の活動に感謝。
きょうの午前の休みの残りで播電鉄道の探索を行った。嘴崎橋梁の直ぐ近くで、2箇所コンクリート構造物を見つけた。
新宮側から行くと、この写真の物件がまず見付かった。これは、橋台というにはあまりに小規模ではあるが、まあ橋台ということになる。昔も現在のように農業用水をまたいでいたのだろう。
そこから50mくらい龍野よりにもうひとつの写真の物件がある。これは、向かい合せの橋台の片割れか、もともと単独なのか、天端がかなり壊れている。これは、じゃまなので壊そうとして挫折したのではないかと見た。
地図はこちらをご覧ください。
きょうは野暮用で午前中休みを取った。野暮用終了後、時間が余ったので、きのうの宿題である街区三角点を探したところ別の場所でなら直ぐに見付かった。
標板としては街区多角点とまったく同じである。2級基準点クラスの標板が使われているかと思っていたのでちょっとがっかり。
あとは一級基準点を見付ければとりあえず現在の宿題は完了。
国土地理院の旧版地図の謄本交付サービスを利用して5万分の1地形図の「龍野(大正8年発行)」と「出石(昭和10年発行)」のコピーを手に入れた。播電鉄道と出石鉄道を見るためである。播電鉄道については新宮の図書館にある地図と少なくとも鉄道にかんしては全く同じで(表記も「新宮電気鉄道」)面白みはあまりない。出石鉄道については、中ノ郷駅の位置がだいたいつかめた。
図示したとおり、中ノ郷駅は沼田電気の東どなりくらいになる。これを踏まえて今度見に行こうっと。
(掲載した地図は国土地理院所蔵の5万分の1地形図「出石(昭和10年4月30日発行)」を使用しました。)
新宮のすみかの直ぐ近くに三級基準点があった。二級基準点が三角点などと同じ大きさだったのに対し、三級基準点は街区多角点と同じ大きさだった。
街区三角点は職場の直ぐ近くに一つあるのだけれど本日は発見できず。かわりにヤマモモを見つけた。
下ばかり見て歩いているのではないと言いたいところだが、下ばかり見て歩いていたところ、ヤマモモの実が潰れているのを見つけたというのが事実である。ひとつ取って食べたら酸っぱかった。
勤務先の門のわきにあった街区多角点。「たつの市」の表示があるので2005年10月以降の設置である。
基準点としての街区点は、この多角点のほかに三角点があり、多角点のほうが安物である。それでも結構りっぱな標板だ。三角点のほうも見てみたい。
工事は軸組みがだいたい終わり、今回は壁に関する説明が主体。小舞竹と壁土について。竹は和歌山から取り寄せたり、壁土は再生分に地元で色の近い土を混ぜて作るなどかなりこだわっていることが強調された。壁土は6か月間腐らせたとのことで、腐らせた壁土のにおいというものをはじめて知った。かなりなものである。
で、参加者は、壁の中に自分の名前を書いた小さな板を埋め込めるということで、写真はその様子。住所を書いたりしているが見ていると加古川の子どものものもあったりと、(ま、観光客かもしれないが)遠くの人も参加していた。瓦にも名前を書かせてもらった。なかなか面白い企画だったと思う。
下の子(中3♂)を連れて行ったが、面白かったと言っていた。建築系近代化遺産系は嫌いではないらしい。
次回は9月とのこと。
ぶれた写真だが、こちらは新宮で見つけた公共基準点リストにある2級基準点。基準点標の表示は"2No3"と"O"が
小文字で表示されており、ゼロでなくオーであることがわかる。基準点リストは大文字なのでゼロかオーか判然としない。
たつの市で見つけた都市再生街区基本調査の街区点。地積調査の予備調査的な測量成果であるが、国土地理院の公共基準点リストにはないので軽いものなのだろう。前の土地改良区基準点もこのリストにはなかった。
2007.6.23 兵庫県但東町相田産コナラ割り出し
薪割りしていて割り出したスジクワガタ♀。薪はほとんどがヒノキなので、クワガタを割り出したのは初めて。
一昨日の昼休み、職場でうわさのペプシ アイスキューカンバーを買ってきた人がいたので、少しいただいた。うわさによると、開栓時のかおりにきゅうりのにおいがあるものの、味は甘くたいしたことはないということであったが、そのとおりのように感じた。
目指すところはメロンソーダなのかなと感じた。メロンと微妙に異なるきゅうりに変えることで微妙な風味をねらったように感じるが、実際のところあまりよくわからない。気の抜けたミントのような風味を感じた。
たぶん、もう飲むことはないと思う。
来年開催される姫路菓子博のキャラの「ひめか」ちゃんである。イラストが発表された時点で、着ぐるみの難しいキャラだなあと感じていたが、着ぐるみもできたようだ。
苦しいのはわかるが、着ぐるみはイラストと別物と言わざるをえない。特に顔から手に流れる線を活かせなかったのはつらい。最初着ぐるみの写真を見たときは、イラストのキャラと結び付かなかったくらいだ。
兵庫にははばタンという強力なキャラが国体終了後も生き延びており、これに対抗するのは苦しいだろう。はばタンでよかったのにとの声も聞かれる。
144分の1スケールの99式艦爆が完成した。キャノピーの塗装に手間取り2週間近くかかった。200円のキットでかなり楽しめたわけで費用対効果は抜群。
ところでカローラだが、説明書どおり作っていたのではあるが、シャーシとボディーを接着してからでは後輪を着けることができないことがわかりどうするのか検討中。こういうときに限ってなにもかもしっかり接着している。
前にたつの市のケーキ屋ハンザが改装し内装にスギが使われていると書いたが、内装にスギが使われていたのは同時期に普請をしていた「やさい村えびす」の店舗であった。
で、ハンザのほうはというと写真のとおりで内外装とも木はいっさい使われていない。構造は鉄骨。妙に都会的な建物になった。前の方がだんぜんいいと思うし、前の建物は古くなって味が出始めたところだったように思うので残念な感じがする。
これが前の写真。
鉄骨で思い出したけれど、きのう(20日)改正建築基準法が施行された。改正法では鉄骨構造で場合によっては6mスパンで構造計算が必要となる。このとき木造にすると構造計算が免れることもあるので、鉄骨から木造に変えるいう話もあるようだ。計算方法も変わって設計現場はかなり混乱しているよう
本竜野駅の構内線路上にいたキジ。この直後、上り列車が直ぐ近くを通ったが、このキジはその列車の前を向こうの草地に逃げようとし、おっとひかれると思ったがぎりぎり大丈夫だったようだ。
基本的にとんまなキジだと思われる。
たつの市で姫新線を活かした町づくりについて考えるシンポジウムがあり、聞きに行ってきた。
基調講演は西はりま天文台公園園長黒田武彦氏による「姫新線の歴史と魅力」。肩書きと講演内容がミスマッチなので、鉄オタ部分での講演なのだろう。詳細な歴史の紹介と活用の提案の面白い話であったが、播電鉄道には触れられず。
後半のパネルディスカッションは、県立大学教授の福島徹氏をコーディネーターに、たつの市長、JR姫路鉄道部長のほか、まちづくりに直接関わっている方などがパネラーとして参加した。
たつの市長からは、駅の整備計画などが披露されたが、駅のデザインに統一感があるのが姫新線の一つのおもしろさであり、また、鋳造柱脚が使用されるなど近代化遺産としての価値もありそうなので、橋上駅への改築らしいがちょっと再考の余地もあるのではと感じた。
新宮の北村というところで播電鉄道の路盤跡らしきものを発見した。
路盤跡は長さは20mほどで、写真は残っている路盤の両端から撮ったものである。
今回発見したのは地図の2つのピンの間である。地図に示した線は新宮の図書館で見た明治の5万分の1地形図に図示された播電鉄道の路線をできるだけ正確に落としたもの。これをGPSに転送してGPSを見ながら歩いたところ、前項の写真の道がぴったりと合うことがわかった。墓地の横だし土地利用のかわりにくいところなので確らしいと思う。
またまた、電子出版されているものを携帯電話で読んだ。
ヴェルヌの初期というより無名時代の作品であるがアウトライン的には後の作品(例えば「グラント船長の子供たち」)によく見られる遭難救出ものであるが、話の主点が仲間割れに置かれており、地理学的なおもしろさがぼやけているのが初期の作品ゆえか。
短編まではいかないが比較的短い小説でほぼ一気に読んだ。
たまたま見つけた土地改良区基準点。4級基準点となっている。
圃場整備のため、基準点を置くということは聞いたことがあるが三角点と同じような金属製だ。
住宅地のど真ん中にあったのが気になるけど
但東の家で、子どもとプラモデル作りをした。といっても、2人で別々のプラモデルを作ったのだけれど、いろいろ話しながらプラモデルを作るもの、それはそれで楽しい。
私のプラモデル作りの主力は今や新宮なので、こちらではだいぶ前に買った1/144スケールのマスタングを作った。半日で完成。
庭で腐りかけていた杉丸太を片付けていると出てきたオオゴキブリ。
家の中にいるゴキブリとは一線を画する生粋の在来種で森林の昆虫。朽木を食べているので、カブトムシとかクワガタムシと同じような食性だ。で、どことなく色もクワガタっぽいのが面白い。
ジュール・ヴェルヌ著「地の果ての灯台」を読み終えた。前に書いた電子出版のものを携帯電話で読んだ。
この物語は、南アメリカのマゼラン海峡よりまだ南西にあるエスタードス島のジュアン岬(いずれも実在)に灯台ができ、3人の灯台守が無人島に残るところからはじまる。しかし、この無人島には灯台建設前から海賊が住み着いており、灯台守3人のうち2人が海賊に殺されてしまう。残された一人が・・・。と、映画「ダイ・ハード」(特に「3」かな)を彷彿とさせる筋書きである。1901年の作品というが、この「ダイ・ハード」感は古さを感じさせない。映画化されたとあとがきにあったが見てみたいものである。
電子出版の世界には、まだまだヴェルヌの掘り出し物があるので、なかなか抜け出せそうもない。
足回りが、だいぶできてきた。基本的にはあと、ホイールとデカール。
きのうの朝、隼、完成。日曜日の夕方、但東から新宮に帰るとき、下の子が「おとうさん、この本に隼のことが載ってる」とモデルアートの2001年11月号を差し出した。最終仕上げでは、けっこうこの雑誌を活用した。いい息子である。
さて、それで次は、かなり前に作りかけていたカローラWRC1998である。これもデカールで失敗してそのまま放っておいたのだが、息子に次はこれだろうと圧力をかけられ作ることにした。デカールで失敗したところは塗装で行くことにした。さてどうなるかな。
きのうきょう(6月2日?3日)と、但馬地域で、「ひょうごヘリテージまつりinたじま」が開催された。きのうは、午前中は、豊岡の街中で「豊岡市街地復興建築郡ウォッチング」が、午後は、豊岡市の市民プラザ(アイティ7階)で、「近代化遺産フォーラム」と「第5回ヘリテージマネージャー大会」が開催された。私は、「ウォッチング」の途中から参加した。
「ウォッチング」も想像をはるかに超える人数(数十人くらいか)が参加され、3集団くらいに分かれ、先頭と最後は数百メートルは離れていたのではないかというような動きとなっており、私は途中からは、4人くらいの集団で、豊岡小学校周辺のレンガ系の物件を案内していたというように、かなり散り散りになっていたようだ。
「フォーラム」は、土木写真家の西山芳一さんの写真を見ながらのお話しと、パネルディスカッション。西山さんはタウシュベツ橋梁などの土木構築物などを積極的に世に送り出していらっしゃる方で、その写真も迫力のあるものでやはりタウシュベツ橋梁はすごかった。それにしても「土木写真家」というカテゴリーがあるんだなぁ。
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