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2008/12/15

舞鶴第三火薬廠

20081214e

20081214f

一般にはなぜか「ロシア病院」と呼ばれることが多い舞鶴の第三火薬廠の一部。廃墟である。なぜか書籍「舞鶴の近代化遺産」にも紹介されておらず、このことから、かえって「ロシア病院」という言葉を蔓延させているのかもしれない。

かなり広い地域に散らばって施設が点在し、なかには煉瓦の構造物もあるようだけれど、とりあえず、日暮れも近いし、車横付けできるという息子の情報をもとに、高専北側の建物群を見てきた(写真はすべてクリックすると大きくなります)。砲煩谷(ほこだに)22工場である。

第三火薬廠は弾薬の成型と保管を行っていたようであるが、この建物は砲炸薬整形工場とされる。第三火薬廠は発射薬ではなく炸薬や爆薬を専門としていた火薬廠で、この22工場では大和の砲弾も作られていたという。

20081214g

構造は基本的にRCのようだ。備品・調度類は一切ない。こういう比較的大きな部屋と、

20081214h

こういう区画された部分からなる。区画された部分は、まるで現在の堆肥化センターのような風情だが、木製の壁があったかもしれない。

というわけで、北側から数えて第1の谷の探検はこんなところ。次回は煉瓦構造物もぜひ見てみたい。


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コメント

本日、ここを見てきました。
引き込み線跡らしき真っ直ぐ続く道を進んでいくとすぐ分かりました。
意外と残りが良くて驚きましたが、やはり廃墟は気味が悪いですね。
ところで、山ろく公園内に火薬成型工場跡の建物が現存しているのを確認しました。
昔見たことがあり、まだ残ってるかなと探索しましたが、
ログハウス風に外観が改装されているとはいえ、
建物自体はそのままでした。
そばには、海軍時代の消火栓も残っています。

山ろく公園の建物については、どこかのサイトでちらっと見て気にはなっているのですが、現地調査はまだです。あした、舞鶴に行くので見に行ってきます。

はじめまして。

舞鶴要塞の事を調べていたら、こちらのブログに辿り着きました。
海軍の火薬廠跡も気になりましたので、先日葦谷砲台の帰りに行ってみました。

こちらの地図のおかげで迷う事無く訪問できました。
ありがとうございました。

現地は時期的に草がすごく、イノシシとの遭遇もあったのですべては回れませんでしたが想像していた以上に広く驚きました。
また草が少なくなった頃に再訪してみようと思います。

私もこの記事を参考に現地へ行った者です。御礼申し上げます。

私も(始めたばかりですが)ブログを持っておりまして、記事の中にある建物の解説などを引用させていただきたいのですが、許可をいただけないでしょうか。

勿論、引用元として貴サイトのお名前は明記いたします。
よろしくお願いします。

コメントありがとうございます。出典を明らかにしていただければ引用は問題ありません。

許可を下さいましてありがとうございます。
なお、掲載の写真は2011年10月のものです。単純に見ていただきたいのもありますが、よろしければ現状の確認などにご覧下さい。

こんんちは、40数年前の高専生です。
大波下の引揚援護寮といい、このサイトの
火薬廠といい、なにもしらず、戦争の遺物に
囲まれていたことに、衝撃を受けております。
また、その施設が公開されずに放置されている事も
2重なショックでした。
これから貴サイトでいろいろ学習させていただきます。
宜しくお願い致します。

写真に白い点ありますが・・・
霊がいるっぽいですね

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