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2009/04/05

海軍第三火薬廠朝来工場検査場(鋳造成形工場)爆薬庫 411棟

Img_2229

検査場の谷は2回目の訪問。今回は、軽トラで奥まで一気に入った。爆薬庫は一番奥だけれど、わりとフツーな感じでしっかりと残っていた。オールRCでしかも窓、出入り口ともに鉄扉といういかにも爆薬庫という感じだ。

Img_2231

ところが内部を見ると、なんと腰板が。まさか不燃材でもないだろうし何でわざわざ腰板を貼ったのだろうか。調湿と緩衝材としてというところかなと思う。ひょっとすると、始めは腰板なしで、あまりに湿気るのであわてて腰板をつけたということも考えられなくもない。


A:爆薬庫

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コメント

朝来火薬廠について一つ質問ですが、
入口のひさしの上に「394」と番号の書かれた火薬庫を
見たことってありますか?
もう10年前近くに出版された本には写真が載っているのですが、
今も残っているのかなと思いまして

「住民の目線で記録した旧日本海軍第三火薬廠」の裏表紙ですね。ちなみに写真ではなくて絵です。絵のキャプションによると「爆薬乾燥置場跡」とありますから、乾燥谷(長内谷)25工場と思われます。とするとこちらのGoogleMapsに写っている3つの建物のうちのいずれかと思われますが、私はまだこの谷に入っていません。10日に舞鶴の旧税務署の建物調査報告会があるので、そのときにでも見てこようかなという気になりつつあります。

あ、山ろく公園の建物はきのう見てくるのを忘れました。

情報ありがとうございます。
私の持っている資料はその本ではありませんが、現存していそうですね。
私の資料は写真ですが、当時の番号らしきものがはっきり残っているようで、いつか見てみたいものです。
記事に書かれた場所に関しては気づいていて、舞鶴に行ったときにテニスコートの横まで来たのですが、
砂利道の入口に「個人所有地につき関係者以外立ち入り禁止」の看板があり
躊躇したので行きませんでした。
どうやら奥に遺構が多く残っているようで、どうしても見たいですけど、トラブルのことを考えると。

山ろく公園の分を含めてたいくつかの物件はHPにUPします。

HP見ました。とりあえず、消火栓は見てみたいと思いました。

確かに乾燥谷の入り口にはチェーンがはってあったような気もしますね。いちかばちかで入ってみるかも。ある程度すっきりした格好で(笑)、カメラを持ってれば見つかったときのいいわけもしやすいかな。こういうときは、デジタル一眼レフのほうがいいかなぁと思います。

ま、このあたり(侵入)のことは、藤森照信「建築探偵の冒険 東京編」(ちくま文庫)の最初のほうに記述があるのでご参考に。

これって、べーさん作??

http://www.nicovideo.jp/watch/sm6974972

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