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2010年5月

2010/05/22

E30HTでWinMoSquareを使ってみた

Fs01

twitterで気になるサービスであるFoureSquareであるが、これは、自分が訪れた場所でGPS付きスマートフォンで専用アプリでつぶやくというアクティビティであるが、Windows Mobileでできるんかなぁと思いながら忘れる努力をしていたが(笑)、調べてみると専用アプリがちゃんとある。WinMoSquareというアプリでこちらから入手できる。

ただし、.NET Compact Framework 3.5が別途必要で、それはこちらから入手できる。

冒頭は、起動中の画面。例によって"DEMO"が表示されているのは、お試し版キャプチャーソフトのせい。

Fs02
起動が完了するとこの画面になる。もっとも、最初に起動させたときは、FoureSquareやtwitterへのログイン画面になる。この画面で、CheckInをタップすると、

Fs03
GPSが生きていれば、現在地の直近の登録された箇所が表示される。ターゲットがここにあれば、それをタップ。

Fs04
すると、この画面になるので、うえの枠の中についでのつぶやきとかを入れて、送り先にチェックを入れてCheckInをタップすると、twitterとかに送れる。

Fs05
CheckInしたい箇所が登録されていないときは、最初の画面でAddVenueをタップして登録することができる、上が登録画面。GPSが生きていれば、緯度経度はすでに入っているから、とりあえずNameだけ入力すれば登録できる。

というわけで、まあまあ使えるのだけれども、問題点も多い。

まず、CheckInをタップしたときにGPSが衛星を補足するのに時間がかかるとハングアップしてしまう。また、アプリ動作中にToday画面に戻るとアプリは終了(異常終了)してしまう。異常終了したときは、WinMoSquareを再度起動しようとしても機動できない。デバイスを再起動してやらないといけない。

したがって、予め他のアプリでGPSに衛星を補足させてやってから、WinMoSquareを起動させた方が安心ではある。なんか、だましだまし使っている感じだけれど、ま、FoureSquareができないよりはできた方がましだと思うなら、使ってみる価値はあろう。

===2010.5.25 追記====
導入当初はちゃんと使えていたのだけれど、おとといあたりから、

Invalid attribute value: private false

とか

Invalid attribute value: private true

とかいうエラーメッセージが出るようになって使えなくなった。同様の症状は、こちらにも報告されおり対応策も書かれているが、Windowsのアップデートで直ったという人もいるようだがもひとつよくわからん。とりあえず、欲求不満を抱えながらも、WinMoSquareのバージョンアップ待ちかなと思っているところ。ちなみに現在使用しているバージョンは2010.5.5.1.

===2010.5.26 追記 ===
上記の問題はこちらからパッチの当たったファイルをダウンロードしてとりあえず回復。

E30HTでモバイルGoogleマップ 4.1.0 を使ってみた

Gm01

E30HTで、紆余曲折の末、モバイルGoogleマップ4.1.0をインストールして快適に使っているのでメモしておく。なお、キャプチャー画面に"DEMO"と入るのはキャプチャーソフトがお試し版だからである(笑)。

インストールはE30HTにてIEから行う(ここ大事)。http://m.google.com/にアクセス。

G01

ここで、マップを選ぶとバージョン4.1.0が、Latitudeを選ぶとバージョン4.0.0がインストールされる。よーわからんけどそうなっている。

G02

ま、マップを選んで4.1.0をインストールする。で、起動させて、GPSをオンにしたり、航空写真を表示させたり、Latitudeの設定をしたりすると冒頭のような画面になる。GPSオンで現在地モードだと、常に現在地が画面の中央に表示される。

Gm02

経路を設定して地図表示すると簡易ナビになる。「タッチしてストリートビューを表示」って聞き捨てならん。タッチすると、

Gm03

ストリートビューが表示される。で、あ、この交差点ねということになるのだろう。矢印の方に曲がってねである。

Gm04

イッチョ前にレイヤー機能がある。

Gm06
[ファイル]-[開く]っていうシステムはないんだけれど、ファイルエクスプローラからKMLファイルをタッブするとモバイルGoogleマップが起動してKMLファイルがフツーに表示される。

Gm05

検索時には、音声入力が使える。使ってみたが、認識はけっこうイケる。

あと、Latitudeもこれでできるから、GIS系はこれでバッチリかな。ストリートビューは強みだろう。


2010/05/05

舞鶴第三火薬廠 高専北側の蜜蝋関連施設

関本さんの「住民の目線で記録した旧日本海軍第三火薬廠」の地図によれば、高専の北側には蜜蝋精製所や蜜蝋装填所といった蜜蝋関連施設が記載されている。

本日(2010.5.5)、このあたりを探索した。

Img_0977
地図A地点には、木造建築の基礎が見られた。これが蜜蝋精製所の基礎と思われる。

Img_0980
地図Bには、崩れかけた橋がある。これの奥はコンクリート舗装された軍道がある。

Img_0979
軍道の奥には蜜蝋装填所があることになっているが、瓦などが見られるものの、基礎などの遺構はない。わずかに地図Cの地点にプールが見られた。


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舞鶴第三火薬廠 乾燥谷 25工場

Img_0957

乾燥谷には以前にも入ったことがあるが、今回はすべての遺構を見たのと、一つ南側の谷にも入ってみた。

Img_0921
乾燥場は地図のA, E, Hである。すべて同じ図面であると思われる。写真はH。

Img_0926
Hの内部。関本さんによるとボイラーで作ったスチームの熱で乾燥させていたらしい。配管などが残る。

Img_0965
乾燥場にはそれぞれ付帯する倉庫のような建物がある。地図のB, F, Iである。こちらも同じ図面と思われる。写真はB。

Img_0932
一番奥のIは水害でほぼ埋まっている。

Img_0937
Iの内部。かなり泥が入り込んでいるが、建物としては掘り出せば大丈夫な感じ。

Img_0951
乾燥場Aの近くには、この建物が。関本さんの本「住民の目線で記録した旧日本海軍第三火薬廠」の地図によると「爆薬乾燥置場」のように思えるが判然としない。(地図C)

Img_0954
内部の様子。右側に見える壁は仕切りではあるが閉じていない。壁の向こう側は冒頭の写真である。

Img_0914
乾燥谷の一つ南側の谷にも入ってみた。地図Jの地点で見つけた構造物。井戸なのかも知れない。これのもう少し小さなものが舞鶴の砲台には必ずある。

Img_0918
井戸の近くのプール。沈砂池の可能性もある。壁は直ではなく勾配が付いている。

Img_0911
最後に地図Kの地点で見つけた升。どうもこの谷は上水道関連の施設があったのではないかと考えている。


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北丹鉄道 旧公庄駅近くのれんが橋台

Img_0988
大江町体育館南側にある北丹鉄道のれんが橋台である。

Img_0990
このカットで、向こう側に見えるのが大江町体育館であるが、大江町体育館は、旧公庄駅の跡地に建設されている。


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舞鶴第三火薬廠 向砲熕谷(ムカイホコダニ)23工場の遺構

Img_0881

向砲熕谷とは動物霊園の奥の谷のことである。本日(2010.5.5)、意を決して用事もないのに舞鶴に出向き第三火薬廠の高専周辺を探索してきた。

Img_0876
まずは、動物霊園より下、高専周回路のすぐ近くの地図Aにある「橋台」である。「橋台」は見た感じの印象で、実際は単なる切通かも知れない。写真は片側だが、当然反対側も同様の構造。

Img_0877
いきなり、動物霊園の事務所の真正面あたり(地図B)に防爆壁に穿たれたトンネルがある。第三火薬廠ではこの手のトンネルは4例目となる。トンネルの向こう側は空き地はあるが構造物はなにもない。

Img_0878
その奥には(地図C)今度はおなじ防爆癖に切通があった。今度は切通のイメージだったが、実は橋台なのかも知れない。

Img_0909
「住民の目線で記録した旧日本海軍第三火薬廠」の地図によると「半製品一時置場」の入り口のあたり(地図D)にあったプール。写真では判然としない。この谷は入ってはみたが何も構造物はなかった。

Img_0880
そして、これも写真では判然としないが、第三火薬廠でもっともユニークなデザインの建築と思われる秤量場(地図E)。かまぼこ型の本体に、竹輪4分割状のファザード(冒頭写真)が付く。かまぼこ型の本体はわかるが、このファザードはすごい。ポストモダンだ。

Img_0887
秤量場の内部からファザード部を見たところ。このほうが形がよくわかるかも知れない。内装プランは「ロシア病院」と同じく、下部が黒。

Img_0894
地図のFとGには、地下火薬庫の入り口と思われるトンネルがあった。

Img_0906
Fでは内部が崩壊していたが、Gでは内部もよく残っており、少しはいると直交する火薬庫本体に通じているようだ。入ってみたかったが、内部は水がたまり、水の量は長靴以上だったため断念。おそらくコウモリもいるだろうしそっち的にも是非入ってみたい。

これより奥も探索してみたが、特に遺構は見当たらなかった。


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2010/05/01

舞鶴第三火薬廠 砲熕谷22工場の奥部の遺構

Img_0845
俗に「ロシア病院」とよばれる砲炸薬成形工場(上の写真)は、けっこう知られているが、これの奥部の遺構についてはあまり語られることがない。きょう(2010.5.1)、息子を寮に送り込んだついでに、砲熕谷の奥部を探ってみた。

Img_0808
奥側の「ロシア病院」のすぐ奥に、この「粉薬一時置場」がある(地図A)。進駐軍に接収されたときに振られた番号が394番である。これは、関本さんの本「住民の目線で記録した旧日本海軍第三火薬廠」の裏表紙にイラストで描かれている遺構である。

Img_0813
内部は、こんな感じで、「ロシア病院」と同じ内装プランである。

Img_0819
粉薬一時置場の北側には木造建築のコンクリート基礎があった(地図B)。で、さらに奥部を目指すと

Img_0820
乾燥谷にあったのと同様のトンネル(地図C)。その奥には392棟が見える。

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そしてこれが392棟、爆薬庫である(地図D) 。こちらは、扉や内装など、鋳造成形工場の爆薬庫411棟と酷似している。

Img_0834
これが392棟の内部。腰板や天井の造作が411棟と同一。内部は水がたまっている。

Img_0833
392棟の北面。どうやら迷彩が施されているようだ。いままで、気がつかなかったが、411棟の写真をよく見るとこれとは違うタイプ(作風(?))の迷彩が描かれている。

というわけで、砲熕谷の遺構を3つ追加することができた。


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