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2010/07/03

福知山陸軍衛戍病院の石積み擁壁の工事銘板

Img_1256

福知山の陸軍衛戍病院は福知山城の伯耆丸にあって、去年の水害で崩壊したところの復旧工事で基礎の煉瓦積みが見られたことはすでに報告した

ただ、この石積み擁壁が、当時のものなのかその後のものなのかはっきりしなかったのではあるが、本日、写真のとおり工事銘盤を見つけた。石積みの石2枚分が銘盤となっており、文章は、

Img_1255

Img_1253


工事設計監督
陸軍校 福井太郎
工事請負人
中村組合資会社
□務執行社司
中村祐七

石工
沖中久藏
今中力松
石材運搬
武藤作兵衛
起工 明治三十五年八月
竣成 同年十一月

□は、判読できませんでした。読める方、ご連絡ください。

というわけで、この擁壁は明治35年竣工が明らかとなった。

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近代化遺産-北近畿」カテゴリの記事

コメント

え?こんなのがあったんですか!
これは結構な発見かもしれません。
機会があったら、教育委員会にも言っておきます。
(知り合いいますので)

あ、メールでも書いてますが、赤れんが博物館で貰った
「舞鶴の赤煉瓦建造物マップ」が結構使えます。
舞鶴の近代化遺産にも載ってない遺構が詳細に載ってます。
下安久弾薬庫の煉瓦の基礎は近年まで残っていたようで
写真もありましたが、埋め立てられたようですね。

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