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2011/04/17

北近畿文化財建築めぐり

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きのう(4月16日)、京都市文化財マネージャーのかた2名と画家のかた(関西美術院)2名と私の計5人で、北近畿方面の文化財建築を回った。

コースは、兵庫県丹波市西山酒造場、京都府福知山市旧松村邸、舞鶴市上野家住宅、赤れんが博物館。

まずは、丹波市(旧市島町)丹波竹田駅に集合し、中竹田の西山酒造場に。こちらの主屋(上の写真)は明治24年建築で、昭和28年に最後の改修が行われたというもの。前は事務所兼住居として使われていたそうだが、事務所は分離して別の場所に移転し、現在はもっぱら住居として使用されている。

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玄関には杉玉とあわせて笹が立てかけてある。お話をお聞きした先代によると、この笹を立てかけるのは山陽、山陰の造り酒屋に限って行われるとのこと。

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気になる笹の「持ち」であるが、写真のようにいちおう水に生けてあるが、毎月1日と15日に交換するらしい。月2回ではきびしいときもあるとのこと。

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酒蔵は主屋と同じ場所にある。現在では年間通じて酒造りをしているとのことで、内部の見学もさせていただいた。あまり、造り酒屋では聞くことのない酒を腐らせた話もお聞かせいただいた。現在の「小鼓」というブランドは、大正5年に酒を腐らせたときに心機一転のため付けた名前であるとのことだ。戦前はちょくちょく酒を腐らせていたらしい。腐った酒は酢の製造業者に引きとってもらったとのこと。

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離れの客間に通していただいたが、この部屋は杣角の柱を使っているのも素晴らしいが、長押も杣角であった。丸みの付いた長押というのははじめて見た。しかし、きれいに収まっている。モノサシをあててみると丸みを除いた平らな部分の幅は両端とも約70mm。思わずうなってしまう。おそらくは、丸太の中心線に平行ではなく、丸太の表面に平行に挽いたのだろう。

この離れは昭和17年建築とのことで、このことにも驚く。

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離れのおしゃれな窓。おそらくここは洋室なのだろう。

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写真は西山酒造場のとなりのおうち。懸魚がある。先代に特別お宅なのか聞いたが、フツーの家らしい。

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で、おなじみ松村邸。現在の足立音衛門京都本店。上の洋館の写真は2010年10月23日撮影。で、通風口金物の写真。

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まえに、このブログで掲載したときは何のマークかわからないと書いたが、今回、他の人にも見てもらうと、「これは松葉でしょう」とのこと。なるほど、言われれば、松葉を2つ重ねた図柄だ。さすが、京都市文化財マネージャー。

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となると、こういう物も目に入ってくる。これも基本的に同じ図柄だ。調べてみると、紋には松葉菱というグループがあるようだが、一般的に松葉菱は松葉が曲線を描いているが、ここの松葉菱は葉が直線になっている。ま、これはエクステリア用の簡略化された紋の可能性があるが、松村家の紋は松葉菱の一種だということだろう。

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松村邸の主屋。懸魚がある。ま、福知山の名家中の名家なのだろうから懸魚があっても不思議ではない。

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で、途中日藤第1・第2トンネルに立ち寄って、重要文化財大庄屋上野家。廃墟となっていたものを、平成16年度に改修。施工は大滝工務店で専務の大滝雄介さんと大庄屋上野家のマネージャーの布施さんから話を聞いた。

大庄屋上野家は持ち主の上野家から舞鶴市が寄贈をうけ、グリーンツーリズム系の観光拠点と交流拠点としての活用を前提として改修となった。改修は重文ということで復原工事ということなったうえに、平成16年は23号台風もあり大変だったらしい。

建物は舞鶴市の所有で、地元で作るNPO法人 KYO・ふるさと加佐が指定管理者となった。このあたりの流れは、松尾寺駅と同様である。ただ、単なる観光交流施設の松尾寺駅とは違い、ここではレストランや売店などの事業をおこない雇用と収益の確保が目的となっている。現在はいずれもIターンの若者3人が雇用されており、あとは地元のパートで回しているようだが、経営は厳しい。2年半に限って舞鶴市から金銭的支援を受けているが、この支援もあと1年とのことで、ここ1年が正念場とのことであった。

農家民宿への発展はないのかと聞いてみたところ、風呂がないのでそれは無理。近くの廃校になった小学校を宿泊施設にという構想があるため、宿泊はそちらにまかせ、大庄屋上野家は現在の活動を続けていきたいとのことであった。小学校改築に当たってはバイオマスボイラー(木屑焚きボイラー)の導入を考えていて、大庄屋上野家でも小型のバイオマスボイラーで足湯のサービスを試験的に行なったこともあるとのこと。布施さんはバイオマスボイラーがお気に入りのようだった。

建物は茅葺きの大庄屋住宅で、貼りつけタイプの懸魚がある。この手の茅葺屋根の住居ではこのタイプの懸魚はそんなに珍しくない。ま、ここは大庄屋であり当然懸魚であろう。しかし、何故か懸魚とよく出会う日だ。

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大庄屋上野家では馬屋が売店となっているが、写真は馬屋の柱。素晴らしい。シュールだ。しかも、補修されているし。

このあと、画家のお二人を西舞鶴まで送り、そのあと、京都市文化財マネージャーのお二人と私の3人で赤れんが博物館へ。そのあと、どこか面白いところはないかということになり、第三火薬廠の「ロシア病院」へご案内した。

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上の写真は2010年5月1日撮影。今回は、大雪の後の春ということで、大変に侵入しやすかった。

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気には付いていたが、今まで写真を撮っていなかった装置の写真を掲げておく。ここにも消火栓があるようだが、今回も見つけられず。

というわけで、今回の行程は無事終了。


大きな地図で見る
A: 西山酒造場
B: 足立音衛門京都本店(旧松村邸)
C: 日藤第1・第2トンネル
D: 大庄屋上野家
E: 舞鶴赤れんが博物館
F: 海軍第三火薬廠 炸薬成形工場(「ロシア病院」)

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