2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

« 但馬のベーハ小屋とりまとめ | トップページ | 舞鶴砲台巡り アシウラ編-3 (予告) »

2013/02/22

舞鶴砲台巡り アシウラ編-2

ブログには記載していないが、昨年(2012年)11月27日の砲台巡り(結果的に槙山砲台のみ)がアシウラシホさんの撮影取材その1で、今回2013年2月19日がその2回目となる。もっとも、昨年5月のアシウラさんの第三火薬廠取材の時に葦谷砲台は済ませたことにはなっている。

今回は、天気も心配されたが、当初の予定どおり、浦入砲台と吉坂堡塁を回った。

浦入砲台は、案外知られていない砲台で、地元の方でも火力発電所建設時に無くなったと信じている人が結構いる。しかし、ここは、陸軍の砲台だけでなく、海軍の水雷衛所も隣接して現存しているという、舞鶴要塞の中でもユニークな砲台である。

P1020061rw2
これが、海軍浦丹生水雷衛所。なかなかユニークな建物である。竣工年等は分からないが、おそらく浦入砲台と同じ頃だろうと思われる。

P1020066rw2
浦入砲台掩蔽部。

P1020069rw2
浦入砲台砲座。

P1020074rw2
今回初めて、浦入砲台において瓶を見つけた。大日本麦酒の瓶である。大日本麦酒は1949年に現在のサッポロビールとアサヒビールに分割され消滅した会社のため、この瓶は1949年以前に製造されたものである。ただしリターナブル瓶であるため、その後数年使われた可能性もあるが、砲台運用時の瓶の可能性も高い。

さて、午後は吉坂堡塁へ回った。吉坂堡塁へは、小浜側からの杉森神社境内から登るコースと、舞鶴側の吉坂トンネル口のラブホテルの脇から登るコースがあるが、舞鶴側から登るとほぼ軍道のコースで、楽に上がれる。

吉坂堡塁は堡塁というだけあって、わりと広い範囲に各種施設の遺構が残る。また、本堡塁の他に付属堡塁の遺構も残る。ただし、今回は付属堡塁を通り越してしまい、深追いせずにそのまま降りてきてしまった。

P1020076rw2
吉坂本堡塁の掩蔽部。舞鶴要塞でここのみ構造部がすべてRCである。妻面の煉瓦は非耐力壁と見做せる。

P1020077rw2
掩蔽部内部。アシウラ嬢とチショー氏。

P1020080rw2
吉坂堡塁砲座。

P1020083rw2
杉森神社側へ降りる軍道。このあたりは大変きれいに残っている。

ま、何回目かの訪問なので記述は端折ったが、その反面、吉坂付属堡塁へ行きそびれるという失態。反省してます。


大きな地図で見る

次回は3月5日、建部山堡塁と金岬砲台の予定。参加希望者はご連絡ください。

« 但馬のベーハ小屋とりまとめ | トップページ | 舞鶴砲台巡り アシウラ編-3 (予告) »

近代化遺産-舞鶴要塞」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21430/56818348

この記事へのトラックバック一覧です: 舞鶴砲台巡り アシウラ編-2:

« 但馬のベーハ小屋とりまとめ | トップページ | 舞鶴砲台巡り アシウラ編-3 (予告) »

他のアカウント

Facebook Other Other Skype Twitter Yahoo! YouTube

葦浦史穂の本


最近のトラックバック

adsense