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2013年2月

2013/02/28

第三火薬廠卒業(?)

息子が3月、高専卒業である。息子が高専を卒業すると、用事があって舞鶴に行くことはなくなる。用事がなくても舞鶴に行くだろうと思われるかもしれないが、用事がなくて、なおかつ、人を案内することもなく、自分一人で自分のためだけに舞鶴に行くことなど、実はほとんどない。2010年5月5日、同年6月6日の2回だけである。

従って、息子が高専を卒業してしまうと、舞鶴に行く機会はちょっとだけ減るかもしれない。というわけで、わたしも、用事があって舞鶴に行くついでに第三火薬廠を見るのもこれで終わりということで、息子退寮(撤収)のきょう、最後に気になっているところを見てきた。

気になっているところとは、この空中写真中央の建物。

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GoogleMapにこんなにはっきり写っているのだから何かはあるはず。何があるのか。

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これがあった。(地図A)

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回りこむと、こんな感じ。木造モルタルのそんなに古い建物ではない。昭和40年代か。

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内部はこんな感じ。アパートだ。

風呂、トイレは共同、つまり寮みたいな建物。昔の高専の寮か。ただ、高専の敷地外でもあるし、寮として使っていたことはないと初期の高専卒業生の方から情報も頂いた。じゃ、アパートか。周辺の草刈りは定期的に行われているようだし、施錠も完全。誰かが管理している感じではある。

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気を取り直して、覆土式火薬庫へ(地図B)。ここは、年中安定してコウモリの見られるところ。本日は、上の写真のテングコウモリ モモジロコウモリ1とキクガシラコウモリ4を確認した。舞鶴でテングコウモリ モモジロコウモリは初記録かも。

本件、「舞鶴の守りたい自然プロジェクト」の「舞鶴の「地域の宝物」ギャラリー」動物編Vol.14に掲載していただいています。素早い対応ありがとうございます。

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覆土式火薬庫の換気口(外部)(地図C)。今回はじめて発見。

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そして、ポストモダン(笑)の秤量場(地図D)。ここは植物に覆われてなかなかいい写真が撮れていないのだけれど、さすがに2月。わりと形のよく分かる写真が撮れた。

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別アングル。この2枚の写真で、どういう形の建物なのかお分かりいただけるのではと思う。わからんか(笑)

というわけで、これで、第三火薬廠も思い残すことなし、かな。


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2013/02/24

舞鶴砲台巡り アシウラ編-3 (予告)

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建部山堡塁(樋口貞幸氏撮影)

次回の舞鶴砲台巡りは建部山堡塁と金岬砲台を予定しています。

日程:2013年3月5日(火) 雨天中止
時間集合場所は未定です。こちらで告知しますが、参加希望者はメールでエントリーしていただければ、メールでお知らせします。メールの宛先

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金岬砲台(樋口貞幸氏撮影)


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2013/02/22

舞鶴砲台巡り アシウラ編-2

ブログには記載していないが、昨年(2012年)11月27日の砲台巡り(結果的に槙山砲台のみ)がアシウラシホさんの撮影取材その1で、今回2013年2月19日がその2回目となる。もっとも、昨年5月のアシウラさんの第三火薬廠取材の時に葦谷砲台は済ませたことにはなっている。

今回は、天気も心配されたが、当初の予定どおり、浦入砲台と吉坂堡塁を回った。

浦入砲台は、案外知られていない砲台で、地元の方でも火力発電所建設時に無くなったと信じている人が結構いる。しかし、ここは、陸軍の砲台だけでなく、海軍の水雷衛所も隣接して現存しているという、舞鶴要塞の中でもユニークな砲台である。

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これが、海軍浦丹生水雷衛所。なかなかユニークな建物である。竣工年等は分からないが、おそらく浦入砲台と同じ頃だろうと思われる。

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浦入砲台掩蔽部。

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浦入砲台砲座。

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今回初めて、浦入砲台において瓶を見つけた。大日本麦酒の瓶である。大日本麦酒は1949年に現在のサッポロビールとアサヒビールに分割され消滅した会社のため、この瓶は1949年以前に製造されたものである。ただしリターナブル瓶であるため、その後数年使われた可能性もあるが、砲台運用時の瓶の可能性も高い。

さて、午後は吉坂堡塁へ回った。吉坂堡塁へは、小浜側からの杉森神社境内から登るコースと、舞鶴側の吉坂トンネル口のラブホテルの脇から登るコースがあるが、舞鶴側から登るとほぼ軍道のコースで、楽に上がれる。

吉坂堡塁は堡塁というだけあって、わりと広い範囲に各種施設の遺構が残る。また、本堡塁の他に付属堡塁の遺構も残る。ただし、今回は付属堡塁を通り越してしまい、深追いせずにそのまま降りてきてしまった。

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吉坂本堡塁の掩蔽部。舞鶴要塞でここのみ構造部がすべてRCである。妻面の煉瓦は非耐力壁と見做せる。

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掩蔽部内部。アシウラ嬢とチショー氏。

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吉坂堡塁砲座。

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杉森神社側へ降りる軍道。このあたりは大変きれいに残っている。

ま、何回目かの訪問なので記述は端折ったが、その反面、吉坂付属堡塁へ行きそびれるという失態。反省してます。


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次回は3月5日、建部山堡塁と金岬砲台の予定。参加希望者はご連絡ください。

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葦浦史穂の本


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