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2014年2月

2014/02/26

グンゼ日高工場給水施設

Nakao_2
撮影:中尾康彦

グンゼ日高工場は平成4年竣工の工場で数年前まで建物が1棟残っていたが、取り壊された。隣接の給水施設と思われる煉瓦造の遺構は遠望では確認できるような気がしていたが、なかなか現地確認する機会を作れなかった。本日(2014.2.26)、給水施設が残っていることを確認。(以下の写真は永井撮影)

P1040044

工場敷地が太陽光発電施設になった関係で、給水施設周辺はきれいになっていて以前より見やすい。昭和4年というのは考えてみれば江原〜出石間の出石鉄道が開通した年で、雰囲気的に江原周辺が盛り上がっていたのかもしれない。しかし、昭和4年で煉瓦というのも若干時代遅れ間はある。下から眺めていると一番上の煉瓦の天が露出しているようなので、裏側の墓地から煉瓦の天をチェックしてみた所、刻印を6個検出した。

Kokuin1 Kokuin2 Kokuin3 Kokuin4 Kokuin5 Kokuin6

いずれも”I"型の刻印で、おそらく窯か職工の識別のための刻印で製造会社が判別できるようなものではなさそうである。4個に1個程度の頻度で刻印が見られかなり刻印率が高い。


2014/02/23

旧神美鉱山 西横坑

地図Aの地点に昨年(2013年)11月4日に横坑入り口を発見していたが、入り口が狭いことと雨が降りだしたことから、探索を行っていなかったが、2014年2月22日に内部に入ってみたので報告する。

P1040014
入り口の状況は上の写真のとおり。崩土によってかなり埋まっており、わずかに隙間が見られるのみであるが、入ってみるとこれで私でも十分入れた。

P1040024
内部の状況。東側の坑道に比べて断面が大きいことと断面形状が馬蹄形でなく長方形に近いことが特徴である。写真は100m程度の全延長の中程で、このあたりは水が少なく路盤も見えるが、路盤も大変きれいに整形されている。

ただし、入り口に近い部分と最奥は水がたまっており、特に奥の部分はウェダーが必要な深さである。

P1040021
終点部の状況。入り口もこのようなコンクリート構造物があったので、ここは出口というかもうひとつの口であると考えられるが崩土で完全に埋まっている。貫通したトンネルであったと考えられる。

全体に作りが丁寧な感じがするし、また、ここから外に出れたとすると、南側の長谷集落方面に抜けられるものと思われる。長谷側には竪坑口やプールなどの構造物が見られることから、北部遺構群と南部遺構群を結ぶ、物流や移動のためのトンネルでもあったのではないかと思われる。

また、上述のとおり中央部が高くなっているが、これはトンネルでよく見られる排水のためのいわゆる拝み勾配が付けられいたのかも知れない。

今回は調べなかったが、このトンネルの南側口周辺も実踏したい。


2014/02/01

国鉄は「街道」が好き?

Img_1417
豊岡街道架道橋 2009.2.1 撮影(地図A)

Img_3401cr2
久美浜街道架道橋 2011.9.11 撮影(地図B)

Img_1351b
鳥取街道踏切 2014.2.1 撮影(地図C)

というわけで、こうして並べてみると国鉄の鉄道施設のネーミングには「街道」がよく出てくるような気がしてきた。

この3枚の写真のうち、2枚が2月1日撮影というのも奇遇(笑)


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葦浦史穂の本


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