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近代化遺産-舞鶴要塞

2016/05/08

舞鶴博奕崎で拾った蓋付き瓶、開封の儀

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舞鶴博奕崎で2016年4月23日に拾った瓶は、古そうな瓶としては珍しく蓋がついており、中に液体が入っているというある意味珍品であった。
なお、作業前の写真は撮り忘れており、写真は開封後の写真である。

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また、この瓶は完全な無銘ではなく、底部に「改」文字が入る。

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蓋部分には何かが膠着しており、先日一度挑戦したが諦めたところである。しかし、日向に置いておいたところ、直射日光で温められて膠着した物質が少しやわらかくなっているようで、本日再挑戦。
膠着している物質はピッチのようで、ひょっとすると、蓋をしたあとピッチで封じたのかもしれない。何が入っているのだ。
写真は、蓋部分のピッチを半分ほど取り除いたところ。

ある程度、ピッチを除去すると、なかかから気泡が出てきた。そして、なにか揮発性物質の香りが。溶剤系の臭いか、嗅いだことはある臭いだがどこで嗅いだのだろう。そして、臭いは記録がむずがしい。悪い臭いではないのだが。

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そして、蓋を動かすと、思いの外、簡単に蓋が開いた。

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中には液体が入っている。

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いい感じの擦り合わせのガラス製の蓋。

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そして、内容物。驚くほどの透明度だ。

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ここに至るまでに、外部のクリーニングはほぼ終えたが、内部のクリーニングは手こずりそう。
L(蓋なし)=193mm φ=72.2mm
というわけで、大丈夫、まだ生きてます。

2016/03/13

また、葦谷砲台

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瓶のこともあって、2週間連続で葦谷砲台。で、ユビナガコウモリ1頭。先週は、キクガシラコウモリ6頭だったが、キクガシラコウモリは見られず。動き始めてるな。


2016/03/06

葦谷砲台で見つけたびん

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2016年3月5日、葦谷砲台を訪れた。もう、度々来ており、そう新発見もなかろうと思っていたが、地籍調査が行われており草刈がおこなわれていることと、シカの食害による下層植生の衰退が激しく、いままで見たことのなかった標柱を見つけたり、瓶も19本見つけることができた。本項ではびんについて述べる。

アルファベットは混乱を避けるためにびんにふった固有記号である。また、びんに表示されている文字はアルファベット以外は例外なく右から左へ書かれているが、文中の表現は左から右へ書く。


大日本麦酒

びんB

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びんBは、透明のびんでサイダーのびんと考えられる。側面下部に「大日本麦酒株式會社製造」、底面には星マークと星の下に「2」と記されている。

びんDとEもびんBとほぼ同様である。ただし、底面には星マークの他に、Dでは星マークの左に「9」、下に「A」、 右に「1」が記されている。Eでは星マークの左に「10」、右に「6」が記されていた。
 

びんL

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びんLも、透明のびんでサイダーのびんと考えられる。上述のB, D, Eに比べてずんぐりむっくりな感じがする。

側面下部に「大日本麦酒株式會社製造」と記されているのはBDEと同じであるが、Lでは側面肩部に「登録(マーク)商標」と商標が記されている。

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商標を拡大表示するとこんな感じである。大日本麦酒のイニシャルDBをデザイン化したものと思われるが初見。サイダー向けの商標なのかも知れない。

大日本麦酒は上記の4本を見つけたが、いずれも透明のサイダーびんであった。大日本麦酒の存在期間は1906-1949年。


日本麦酒鉱泉

びんC

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透明のサイダーびん。側面下部「日本麦酒鉱泉株式會社 登録(三ツ矢マーク)商標」 底面は無銘

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側面下部の三ツ矢マーク拡大。

びんD2もCと同様。ただし、底面に「1」とのみ記されている。

びんH

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びんC、D2と比べてかなり緑色を帯びたサイダーびん。側面下部表記はびんCと同じ。底面に「5」と記されている。

びんH2もHより緑味が弱いもののだいたい同じ。底面の記号についてはメモ忘れ。

びんI

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茶色のビールびん。側面下部「NIPPON BEER KOSEN CO. LTD. 」。底面には「4-2」と記されている。

びんP

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左側がびんP。びんPも、Iと同様。底面記述についてはメモ忘れ。右側はびんO(後述)。

日本麦酒鉱泉の存在期間は1921-1933年。


三ツ矢平野水

びんF

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びんFは王冠非対応である。側面表示はなし。底面には三ツ矢マークと「三ツ矢」の文字。

三ツ矢平野水〜三ツ矢サイダーの王冠導入は三ツ矢平野水時代の1901年であるから、このびんは、三ツ矢平野水のびんで、1901年以前のものと考えられる。

また、葦谷砲台の備砲完了は1900年3月なので、このびん(の内容物)は1900〜1901年に消費された可能性が高い。可能性としては、葦谷砲台調査開始まで遡れるが、着工は1897年。せいぜい1895年くらいまでか。


櫻麦酒

びんJ

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櫻麦酒は初見。

側面底部に「SAKURA BEER」。側面肩部には「登録(桜マーク)商標」。

サクラビールの存在期間は1912-1943年。


麒麟麦酒

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これは極めてふつうの麒麟麦酒。肩部に「キリン(商標)ビール」。

びんM

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下部のかけらだが、側面下部に「(商標)商標」。たぶん、「登録(商標)商標」なのだろう。

下部にこの表示は初見。


金線飲料

びんG

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側面下部に「金線飲料株式會社製造」。側面肩部に「KINSEN」。底部にマルBと「19」。

金線飲料株式會社の存在期間は1915-1925年。


BNK

びんQ

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「BNK」の銘入り。BNKではよくわからないが、Nが大きく書いているので、これを最初に読んで「NBK」なら、日本麦酒鉱泉の可能性あり。


無銘

びんA

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いわゆるラムネびん。

びんK

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直線的な形状が特徴的。無銘だが底面に「A-6」。

びんO

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写真左側がびんO。緑色の一升瓶。

写真右側は日本麦酒鉱泉のびんP。

葦谷砲台

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なにをいまさらな葦谷砲台。ちょっとコウモリチェックもと別件と合わせて立ち寄った。

正面の掩蔽部、目を凝らしてみていただくと、窓に格子が嵌っている。これは、例の映画のロケの時に取り付けられてそのまま放置されているのだろう。

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コウモリは、キクガシラコウモリ6頭が越冬中。はい、おしまいでよかったのだけれど、来たからには少しうろつく。

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「眞子午」と書かれた標柱。こんなんあったっけ。

このあたり、地籍調査が入ったようで、このあたりの標柱も測量されている。天面のスジに色が入れられているのはおそらくそのせい。このときに、刈り払いも行われたのかも。それでなくでもシカががんばってくれている。

「眞子午」は観測所の位置の正確な南北線を示すための標柱のようだ。写真は観測所北側のものだが、南側にも同じものがあった。

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こちらは、高さの基準を示す標柱のようだ。「213m90」らしい。フォントがおしゃれだ。

地籍調査とシカががんばっていただいたおかげで、今回、たくさんの瓶を見つけることができたのだが、それは、項をかえて書く。


2014/03/22

舞鶴市 金岬砲台

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今年最初のイベントは、舞鶴市 金岬砲台(地図A)。僕は、もう何度も行っているけれど、まだまだ初めての人ばかり僕以外に9人も参加。2014年3月22日に実施したが、この前の20日21日というのは大荒れで天気が心配されたが、見事に回復して、いい天気の中実施できた。

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この日は、コウモリも確認できず、新たな知見はないと思ったけれど、ふとコンクリートの破片を見ると、

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骨材が砕石ではない。

以前から、「金岬の軍道の路盤工の石は砕石ではなく砂利(玉石)で特別な仕上げである」という意見があったが、僕は昔は砕石はそもそもほとんど存在せず、何でもかんでも砂利だったと考えていた。ここで、コンクリートの骨材が砂利であるのであるから、やはり、軍道の仕上げも特別なものではなく、当時は何でもかんでも砂利を使っていたということの証左になりそうである。

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このあと、槇山(地図D)を回ってこの日は解散。

A: 金岬砲台, B: 崩壊地, C: 分岐点, D: 槇山砲台


2013/10/20

舞鶴戦争遺跡探訪会(2013.10.19)

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天気が心配されたものの、結局、割りといい天気。当初予定されていた美山町の建築士さんが欠席となったものの、上田さんがお子様連れで参加され、参加者はこんな感じ。

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外国人の方が2名参加され、いつもとえらく雰囲気と違う探訪会となった。

ただし、コースはことし4月とほぼ同じ。第三火薬廠と葦谷砲台。

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今回、あらたに気づいたのは(既に気がついていたと思うがブログに書くのは初めて)、葦谷砲台の貯水槽。これは、テーパーのかかり具合とか、吉坂本堡塁とほぼ同じ仕様。

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これが、吉坂の貯水槽。2011年5月22日撮影。

私としては何回も行っているところなので、新知見はこんなところ。

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上田カメラマン、2人の子どもを外国人に任せて、撮影に没頭するの図(笑)。

あとは、いきもの編。

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(北垣和也撮影)

ニホンザル

ニホンザルは、2011年11月12日の観光協会の探訪会(この時に葦浦史穂と知り合う)のときにも松尾寺駅裏で見られた。今回は、吉野トンネル南口付近(舞鶴市安岡)にて。なかなか逃げない人馴れしているサル群である。

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(北垣和也撮影)

ツキノワグマ

ことし9月の台風18号時の大雨で、第三火薬廠内の遺構も場所によっては新たに泥が堆積している。これは乾燥場内部の新しい泥についた足跡。大きな足跡はツキノワグマであろうか。イタチ類かアライグマと思われる足跡。ノネズミの足跡も見られる。

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モモジロコウモリ? ユビナガコウモリ(2013.12.22 浦野信孝氏の指摘により訂正させていただきます。)

第三火薬廠の二重倉庫にて。ここでは1度モモジロコウモリを見ている。今回で2回目かもとなる。

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コキクガシラコウモリ

ピントがあっていないが、前腕長が一見して60mmよりはるかに短くコキクガシラコウモリと考えられる。舞鶴市で初見。私としても初コキクガシラコウモリ。

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キクガシラコウモリ

葦谷砲台にて。この日、北垣和也は47頭を数えた。越冬場所と考えられる。

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(Photo: Orrin Heath)

この日、上田さんちのお子様2名は、コウモリ大好きになったみたい。なかなか身近でコウモリを見る機会はないので、こういうコウモリの観察会は重要なのかもしれない。特に、写真のモモジロとコキクガシラは10cmくらいの至近で観察できたのもよかったのかも。二重倉庫の真っ暗な回廊は、子どもたちにとって楽しい場所だったに違いない。

Orrinのアルバム


A: ミニストップ東舞鶴鹿原店
B: 舞鶴高専駐車場
C: 第三火薬廠
D: 火力発電所駐車スペース
E: 葦谷砲台



2013/10/02

葦浦史穂さんの舞鶴戦争遺跡写真集がアマゾンで買えます

僕も全面協力した写真家の葦浦史穂さんの舞鶴戦争遺跡写真集がアマゾンで買えるようになりました。ただし、マーケットプレイス扱いなので送料250円かかります。

第三火薬廠写真集

昨年の夏のコミケで発売した第三火薬廠写真集です。第三火薬廠の遺構に焦点を当てた書籍としては唯一無二。地図も入ってガイドブックとしても使えます。詳細はアマゾンのレビューに書いときました。

舞鶴砲台写真集

舞鶴の砲台を写真で紹介したものは「舞鶴の近代化遺産」(舞鶴市教育委員会)などありましたが、舞鶴の砲台だけを取り上げた書籍としては初めてのものです。

また、陸軍の明治期の砲台に合わせて、太平洋戦争期の海軍倉梯山防空砲台も取り上げています。倉梯山防空砲台の写真が印刷物となったのはこれが最初でしょう。

こちらもレビューを書いときました。

いずれも私の知見を総動員したもので、この2冊でしか得られない情報が満載です。このブログの総括でもあるのですが、このブログに書かなかったことも書かれています。お持ちでない方はぜひお求めください。


2013/08/25

2013年10月19日(土)、舞鶴戦争遺跡探訪会を開催します。

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開催日2013年10月19日(土)に決定です。雨天決行。
10時、ミニストップ舞鶴市鹿原店集合です。JR利用の方もご連絡いただければ対応します。

行き先は第三火薬廠と葦谷砲台。歩行距離も短くお手軽です。

集合時間場所等変更の可能性もありますので、参加希望の方は、メール等で参加申し込み願います。->メール

現在、私含め7名参加予定(うち女子1名)。

Facebook イベントページ



2013/07/29

舞鶴砲台本入稿

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葦浦史穂さんの舞鶴砲台本が入稿完了。8月のコミケ2日目(8月11日)あ67a「花粉航海」ブースで販売。当初24ページで1000円ということだったが、32ページになったから1333円くらいか(笑)。

8箇所の砲台写真というが、葦谷、浦入、吉坂、金岬、槙山、建部山、倉梯山。もう一箇所は? 吉坂副か、浦丹生水雷衛所か。ま、数え方の問題ですが。


2013/07/19

2013.7.16 舞鶴砲台巡り アシウラ編 延長戦

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2013年7月16日、アシウラ編延長戦ということで、倉梯山と吉坂を回ったが結局、7月2日に回ったところの再訪なので、ますます書くことがない(笑)。新知見のみ。

冒頭の写真は、三角点マークのある一升瓶。どこかの商標なのだろうけれど、あまりに正確に「三角点マーク」。少し調べたがよくわからない。

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こちらは、吉坂副堡塁の射垜(あづち)の擁壁。単なるコンクリートではなく、コンクリートの上にモルタル塗りのようだ。面取りというか角にRがつけてある。この凝りよう素晴らしい。

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さて、福井県側の堡塁への上り口である杉森神社の鳥居脇に要塞地帯を示す石柱があることは関西電力の吉坂堡塁の案内ページにも書かれているが、今回初めて写真を撮った。

「陸軍省」

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「明治三十二年四月」

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「第五十二號」

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「8M13Z(?) 舞鶴要塞第一地帯票」

ここで、「第一地帯」という用語が出てくるが、これは要塞地帯法(明治32年法律第105号)第3条に「要塞地帯ハ陸地ト海面トヲ問ハス之ヲ三区ニ分カチ」とある3区分のうちの「第一区」を指すのであろう。ちなみに3区分は次のように定義されている。

第一区
基線ヨリ測リ250間以内及基線ト防禦営造物間ノ区域
第二区
基線ヨリ測リ750間以内
第三区
基線ヨリ測リ2250間以内

2250間というのがいかにも半端だが、これは250+2000、または750+1500ということなのだろう。

とにかく、今回で、アシウラさんの舞鶴要塞の撮影は終了。


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葦浦史穂の本


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